2015年3月28日土曜日

3月10日 三田市で観察した雪



3月10日

冬型の気圧配置となったこの日、兵庫県三田市では強風を伴いながら一時雪が降った。

昨年春に関東南部から引っ越して初めての冬を経験したが、三田市を含む兵庫県南部は関東南部よりも随分と雪が降る印象だ。



僕の抱いた印象が正しいのか、東京(関東南部)と神戸とで、過去の気象データ(1981~2010年の30年間の平均値)を比較してみる。
(気象庁ホームページよりデータ引用)

両地と比較すると、神戸で約2倍雪の日が多い。データ上でも関東南部よりも雪がよく降ることが見て取れる。


もう一つ。最深積雪の記録を比較してみた。
雪日数の少ない東京の方が、大雪に遭っていることがわかる。昨年2月に関東地方では大雪となった(東京の積雪は27cm)が、神戸では同規模の大雪を気象観測が始まって以来経験していないということになる。


標高2000m超の山脈によって日本海側からの雪雲が遮られる関東平野部と比較して、兵庫南部と日本海側とを隔てる中国山地は標高1510mの氷ノ山が最大でああり、しかも山地の幅が広くないことから、雪雲がしばしば太平洋側(瀬戸内側)にまで流れ込んできて頻繁に雪が降るのだろう。
一方で、関東地方では南岸を進む発達中の低気圧によってしばしば大雪となるが、近畿地方ではあまり大雪にはならないようだ。

今まで関東南部(神奈川、東京)に住んでいた時は、関東でも近畿でも太平洋側(瀬戸内側)は同じように冬晴れが続くのだとばかり思っていた。しかし、実際に移り住んでみると細かな気象の違いがあることが分かり、面白い。



ところで、この日降ってきた雪を観察すると、いわゆる六角形の結晶は確認できず、わずかに針状の結晶が見られる程度だった。今回降ってきたのはほとんどが雪あられだったようだ。
雪あられは、雪の結晶を核に水滴がくっ付いて凍結したもので、白色には見えるものの正確には雪とは別物になる。


<引用・参考>
・気象庁 過去の気象データ検索 http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php?prec_no=44&block_no=47662&year=&month=&day=&view=h0 (2015年3月10日現在)
・Wikipedia 中国山地 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%B1%B1%E5%9C%B0 (2015年3月10日現在)




ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村  ランキングに参加しています。

2015年3月7日土曜日

オーストラリアの生き物 アオアズマヤドリPtilonorhynchus violaceus のバワー

The Bower of Ptilonorhynchus violaceus (Satin bowerbird)

2014年9月10日

シドニー近郊のブルーマウンテンズ国立公園にて。


森林内の遊歩道を歩いていると、左手前方に、青いものが散らばっているのに気がついた。

アオアズマヤドリPtilonorhynchus violaceusの巣である。
正確には、子育てに使う巣とは全く異なるバワーBower(あずまやの意味)と呼ばれるもので、オス鳥がメスを呼ぶことを目的に作るものだ。

アズマヤドリ(ニワシドリ)の仲間は、オスがメスを呼ぶ為に手の込んだバワーを作ることで知られ、僕もテレビや本を通して知っていたが、本物を目にすることができるとは思わなかった。

ちなみに、バワー(あずまや)という語が小屋状の構造物のみを指すのか、それとも装飾品が散りばめられた周囲の広場(広場も、アズマヤドリが林床の落ち葉を除けて作り出したもの)も含めた全体を指すのかは、調べた限りではあいまいで、両方の記述が見られた。

ここでは、アズマヤドリの研究者のサイト(Sexual Selection in Bowerbires) などを参考に、「広場も含むアズマヤドリが作り出した構造物すべて」をバワーとして話を進めたいと思う。


バワーの中央には、小枝か草本を集めた小屋状の構造物がある。
アオアズマヤドリのものは、2列平行に枝を立てていることから「並木型のあずま屋」などと呼ばれている。

オスは、並木の間に入ったメスを相手に、求愛行動を行うのだそうだ。

あずま屋の周囲の広場には、青色のものが集められている。そのほとんどは、人が作り出したプラスチック製品。
僕の見たバワーでは、ペットボトルのキャップや洗濯バサミなどが多く使われていた。





現地では人家の庭にやってきて、洗濯バサミを持ち去ってしまうことがあるようだ。
(参考:AUS アンティーのブログ

現地で観察しているときには気付かなかったが、撮影した写真を拡大してみると、青色のもの以外も集められていることが分かった。

左の写真に写っているのはセミの抜け殻。
(枝に紛れて分かりづらいので、矢印で示しました。)

こちらはカタツムリの殻と、タマネギの切れ端。
アオアズマヤドリは果実食性の強い雑食だそうで、タマネギも食料である可能性は否定できないが、おそらく装飾に使われているのだと思う。
人間の目には、タマネギの切れ端は魅力的なものとはとても思えないが、白色で光沢があるので、アズマヤドリには案外美しく見えるのかもしれない。


バワーに用いられている青色の飾りものは、ほとんどが人工物で、少なくとも観察地においてアオアズマヤドリは現在、バワー作りにあたって大きく人間に依存しているといえる。
かつては青色の羽根などを用いていたそうだが、天然物でほかに青色のものは多くなく、探すのは並大抵の苦労ではなかっただろう。そもそも、現在のように青色を主体に飾ることができたか疑問に思う。手に入れるのが困難な青色のものを集めること自体、オス鳥の行動力や頭脳の高さをメスにアピールする重要な手段となっていた(る)のかもしれない。




<参考>
・松本忠夫 1993. 生態と環境 生物科学入門コース7. 岩波書店.
・Bowerbird.  http://www.i-younet.ne.jp/~basaract/bowerbird.html (鈴木まもるさんのwebページ)(2015年3月7日現在)
・Sexual selection in Bowerbirds  Borgia Lab Web Site. http://www.life.umd.edu/biology/borgialab/ (2015年3月7日現在)
・AUS アンティーのブログ -AUS Auntie's Blog http://oceanbirds.blog134.fc2.com/blog-category-21.html (2015年3月7日現在)
・Wikipedia 英語版 Satin bowerbird  http://en.wikipedia.org/wiki/Satin_bowerbird (2015年3月7日現在)


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村  ランキングに参加しています。

2015年3月6日金曜日

オーストラリアの植物 -ブルーマウンテンズにてトベラを見る-

2014年9月10日

時系列がずれてしまいますが、昨年訪れたオーストラリアで観察した生き物について。


ブルーマウンテンズを代表するThe Three Sisters
ブルーマウンテンズ(The Blue Mountains)は、オーストラリア最大の都市Sydneyから西へ100kmほどに位置する山地。

世界自然遺産に登録され、奇岩やユーカリを中心とした豊かな森林が広がる観光名所でもある。



道沿いの植生を観察しながら歩く。

水分条件が良好と思われる谷間などでは、高木層にユーカリ属(Eucalyptus)が優占し、亜高木~低木にはバンクシア属(Banksia)を始めとするヤマモガシ科や、アカシア属(Acacia)を始めとするマメ科、木生シダのヘゴ属(Cyathea)などが見られる。

観察地は標高約1000m。日本では主に亜熱帯に見られるヘゴの仲間が高地に生えているのは、何だか不思議だ。
亜熱帯と呼ぶには涼しすぎるブルーマウンテンズだが、気温の年較差が小さく、降雪や降霜がほとんどないことが影響しているのかもしれない。

少し乾き気味の尾根部。
高木層はユーカリ(谷間に生育しているものとは別種かもしれない)で変わりないが、亜高木層に樹高7~8mくらいの常緑樹が目立つ。



近づいて観察してみる。

見覚えのあるような葉だが、分からない。
つぼみがあったので、他に花や実が付いている個体がないか探す。

果実がついている木を見つけた。
思わず「おー」、と声が出る。日本の海岸に生育するトベラ(Pittosporum tobira)にそっくりだったからである。

あとで調べたところ、トベラ属のPittosporum undulatumという種であるらしいことが分かった。

花も咲いていた。
これも日本のトベラによく似ている。


日本では小笠原を除けば海岸部でしか見られず、しかも低木であるトベラの仲間が、オーストラリアでは内陸の森林の構成種であることに驚いた。




オーストラリアといえば、ユーカリやバンクシアなどのイメージが強いが、じつはトベラ科が多様な場所でもあるらしい。
日本ではトベラ属(Pittosporum)1属しか見られないが、オーストラリアではトベラ科に含まれる属全てにあたる9属が生育しそのうち7属はオーストラリア固有なのだそうだ。日本は、トベラ科の分布域の北端といえる。

ちなみに、オーストラリア固有属のうちソリア属(Solya)の一種は、オーストラリアン・ブルーベル、またはヒメツリガネなどの名で日本でも園芸植物として利用されているそうだ。


帰国後に、撮影した写真の中に他にトベラ科がないかを調べると、別属のものが見つかった。

Billardiera scandens と思われる。

ややつる性の低木。観察時には何の仲間か全く見当が付かなかった。



現地ではApple Berryなどと呼ばれ、果実は食用になるらしい。Wikipediaには、リンゴやキウイフルーツに似た味、と書いてあった。





最後に
日本のトベラの果実。(2014年11月撮影)

オーストラリアのP. undulatumのものとよく似ているけれど、日本のトベラは果実が3つに裂けるの対し、オーストラリアのものは2つに裂ける点が異なる。





<参考文献・サイト>
・Margaret Baker Robin Corringham. Native Plants of the Blue Mountains. Boner Bird Books, 2004年 第2版.
・Margaret G. Corrick, Bruce A. Fuhrer. Wildflowers of Southern Western Australia. Rosenberg Publishing, 2009年 第3版.
・Wikipedia 英語版 Billardiera scandens http://en.wikipedia.org/wiki/Billardiera_scandens (2015年3月5日現在)
・Wikipedia 英語版 Pittosporaceae  http://en.wikipedia.org/wiki/Pittosporaceae (2015年3月5日現在)
・ガーデニング花図鑑 オーストラリアン・ブルーベル http://sodatekata.net/flowers/page/563.html (2015年3月5日現在)


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村  ランキングに参加しています。

2015年3月5日木曜日

浮くむかごと沈むむかご -2つの草の珠芽を比較する-

昨年10月、東北南部に植生調査を行うため訪れた時のこと。

ムカゴニンジンSium sisarum(セリ科) と

ウスゲタマブキ Cacalia farfaefolia(キク科) に出会った。(以下タマブキ)











ムカゴニンジンはかつて水田として利用されていた谷沿いの湿地に、タマブキは渓流沿いの礫(レキ)が多く、不安定な斜面地に生えていた。



ムカゴニンジンの珠芽
この2種に共通する特徴は珠芽、つまり「むかご」を付けること。
ヤマノイモやナガイモのものはよく知られていると思うが、それに限らず珠芽を作る植物は案外多い。

ムカゴニンジンの名はもちろんのこと、タマブキの「珠(たま)」も珠芽に由来している。

ウスゲタマブキの珠芽
















ムカゴニンジンとタマブキは生育環境が異なる。珠芽にもそれに対応した何らかの違いがあるのではないかと考えた。




そこで、両種の珠芽を水に入れてみた。
するとムカゴニンジンは浮かび、タマブキは沈んだ。外見では分からないが、比重が異なるようだ。

おそらく、湿地に生えるムカゴニンジンの珠芽は、水流で運ばれるために比重が軽いのではないか、と思う。
一方のタマブキは陸地に生えるから、水に浮かぶ珠芽を作る必要はないだろう。水に浮かぶ必要がないなら、養分を多く蓄えて充実した珠芽の方が初期成長に有利だろうし、重たい方が勢いよく斜面を転がって遠くへ移動できる可能性も考えられる。


ムカゴニンジンとタマブキの生育環境はかなり異なるけれど、不安定な立地、という点では共通している。
湿地は大雨が降れば洪水でかき乱されるし、レキの多い斜面は人が歩くだけで崩れるほどで、やはり大雨が降れば崩壊を起こす。

両種とも、珠芽と比較すると小さなタネ(※)も形成し、これによっても分布を広げることができる。特に、タマブキのタネ(正確には果実)はタンポポのタネと同様に綿毛を持っており、珠芽よりも遠方への移動が可能と思われる。また、花粉のやり取りによって形成されるタネは、種内の遺伝的多様性を保持していく上で重要な存在だ。
一方で、両種の生育する立地では、小さなタネからゆっくりと成長していると、成植物になるまでに再び攪乱が起きるかもしれない。養分を十分に持った珠芽から素早く成長する方が、確実に子孫を残せるだろう。
不安定な立地において、珠芽は散布体(タネを始め、親株から分離して別個体へ成長する器官のこと)としてかなり重要なのだと思う。

種子散布と比較して珠芽の散布に関する研究はあまり進んでいないようだが、案外面白い存在なのかもしれない。



※「タネ」は、正確には「種子」または果実と表現した方がよいと思いますが、「種(シュ)」などと紛らわしいのであえて「タネ」と書いています。


<参考文献・サイト>
・中西弘樹 1994. 種子(たね)はひろがる 種子散布の生態学. 平凡社.
・中西弘樹, 久保田信,中西こずえ 2006. ニガカシュウ(ヤマノイモ科)のむかごの漂着と海流散布
・山に咲く花. 山と渓谷社.
・ヤマノイモの会 http://p-www.iwate-pu.ac.jp/~hiratsuk/yamanoimo/index.html (2015年3月5日現在)



ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村  ランキングに参加しています。

2015年2月19日木曜日

カワモズク類の観察

2月12日

大学の授業で、兵庫県のとある場所の水田地帯を訪れた。

扇状地の末端にあたるこの場所では、用水路を流れる水は河川から引いたものではなく、湧き水(伏流水)由来である。

湧き水で涵養されるこの用水路には、淡水紅藻のカワモズクの仲間が生育する。
赤褐色の大きなかたまりがチャイロカワモズク Batrachospermum arcuatum、緑色で小さなかたまりがアオカワモズクBatrachospermum helminthosum

この場所ではチャイロカワモズクの方が旺盛に生育していた。


チャイロカワモズク、アオカワモズクともに環境省のレッドデータで準絶滅危惧、兵庫県レッドデータでBランク(絶滅危惧Ⅱ類相当)に指定される。


観察のために採集したもの。
上の緑色のものがアオカワモズク、下二つがチャイロカワモズク。

「モズク」と言われるだけあって、触るとぬるぬるしてつかみづらい。かつては食用に利用されたそうだ。

観察した個体の大きさはチャイロカワモズクが5cm前後、アオカワモズクが2~3cmくらい。ただし、アオカワモズクは生育後期のためかあまり元気がなく、実際にはもう少し大きく成長するのだと思う。
採集したものを観察。肉眼では、楕円のかたまりが、じゅず状に連なっているように見える。

個人的にはミミズの仲間か、植物でいえばヒノキの枝葉に少し似ているように思った。
顕微鏡で拡大(目盛は確か1mm単位)。

肉眼で楕円のかたまりに見えたものは、細かな枝(輪生枝というらしい)の集まり。中軸の節ごとからまとまって生える。






さらに拡大して輪生枝を見る(こちらはアオカワモズク)。目盛は多分0.1mm。

輪生枝は1列の細胞で形成されていることが分かる。枝の先端には丸っこいものがあるが、これは精子嚢なのだそうだ。 チャイロカワモズク、アオカワモズクとも雌雄異株が基本で、今回観察したのはすべて雄株だった。

また、写真の下部に点々と写る小さく丸いものは、恐らく精子嚢から飛び出したアオカワモズクの精子。自ら動くことのできない「不動精子」と呼ばれるもので、水の流れで造果器(造卵器にあたる)へ運ばれ、受精するという。
花粉を風や動物などに運ばせて受粉、受精を行う種子植物と少し似ている。


紅藻の仲間には、寒天の原料となるテングサの仲間や、ノリ(アサクサノリ、スサビノリなど)などよく知られた「海藻」が含まれる。 海において、紅藻や褐藻、緑藻などを含む海藻は、大型の生産者として重要な存在である。

一方、淡水域の大型生産者といえば維管束植物(シダ、種子植物)、特に被子植物であるため、自分は今まで藻類を注目することはほとんどなかった。しかし、小型ではあるものの海藻のように立派に育つカワモズクの姿を見て、案外重要な存在なのかも、と少し印象が変わった。

今後は藻類の存在にも目を向けながら、淡水域の植生を観察してみようと思う。



ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村  ランキングに参加しています。

2015年2月18日水曜日

ワダンノキの花の匂いを嗅ぐ

1月11日

母島の乳房山で観察したワダンノキ。
花期は11~12月と聞いていたが、まだ咲き残りの花が見られた。

前回記事はこちら→
ワダンノキDendrocacalia crepidifolia


花の拡大。
紫色の花びらを持った小さな花の集まりであることが分かる。
小さな花が一か所から5つずつ咲く。この5つの花のまとまりを「頭花」という。




ノジギクの花


ワダンノキに限らず、キク科植物の花はこの頭花で、一見一つに見える花は沢山の小さな花(小花)の集まりである。
ただ、よく知られる菊やタンポポは小花の数が多く、また大きな花びらを持つ花(舌状花)も付けて鮮やかなので、随分雰囲気が異なる。




ちなみに、ワダンノキは雌雄異株(雄株と雌株に分かれる)だそうだ(Kato & Nagamasu 1995)。
この論文では雄花と雌花の違いとして、「雄花では葯から花粉を多く出すが、雌花ではほとんど出さない」、ということが区別の一つとして挙げられている。撮影した花の雄しべからは、黄色い花粉が沢山出ている様子が確認できるので、これは雄花ということだろうか。写真を見返すと、今回撮影したものは全て雄花だったようである。

ワダンノキが雌雄異株ということは、帰宅後に初めて知った。事前に雌雄があることを知っていれば、観察する目も違っていたのかな、と少々残念である。



ひときわ沢山の花を付けたワダンノキの横を通過した時、辺りに匂いが漂っていることに気が付いた。発信源はワダンノキの花であった。
決してよい香りとは言えず、僕は真っ先に納豆を思い浮かべた。




シイノキ、クリ、ガマズミの仲間、サトイモ科のテンナンショウ属など、人にとって不快と感じる臭気を発する花はそれなりに多い。しかし、「納豆のような」匂いの花は自身の経験上では初めてだった。

変わった香りを持つのだから、ワダンノキの花にはそれに見合った特定の虫が来るのではないか、と考えた。
観察時は訪花昆虫を確認できなかったので、帰宅後に少し調べてみた。

Kato & Nagamasu( 1995)によれば、現在の訪花昆虫の大半は外来種のセイヨウミツバチApis mellisferaであり、かつては固有のハナバチが送粉の役割を担っていたとのことであり、また郷原 (2002)はオガサワラクマバチを候補に挙げている。
また、小笠原の自然を紹介するサイト「ガイドの日記帳~つれづれなるままに~」では、小さなハエが訪花していたことが書かれている。

これらの情報から、ワダンノキは特定の虫がパートナーというよりも、様々な虫を送紛者としている、と言えそうだ。
安部(2009)によれば、小笠原諸島のような海洋島における送粉系(植物と送紛者との関係)は多くの場合一対一でなく、特定の種にこだわることなく様々な花を訪れる虫により成り立つそうだ。ワダンノキもこれに当てはまることが考えられる。


僕はワダンノキの独特な花の香りは、特定の虫を呼ぶためのものだ、と思い込んでいたが、実際には一種の昆虫ではなくハチやハエなど様々な虫を呼び寄せるための工夫ということなのだろう。「匂い」は色と異なり、姿が見えなくても感知できる。
外来種のミツバチが主要な送粉者とされているけれど、もしかすると、夜行性の昆虫の存在も案外重要なのではないか、と思ったりもする。


ワダンノキの果実。タンポポなどと似ている





ワダンノキの芽生え。ただし日当たりが悪く、生長は困難

























<引用・参考文献、サイト>
安部哲人 2009. 小笠原諸島における送粉系攪乱の現状とその管理戦略. 
  地球環境 Vol.14 No.1: 47-55.
Kato Makoto, Nagamasu Hidetoshi 1995. Dioecy in the Endemic Genus
  Dedrocacalia (Compositae) on the Bonin (Ogasawara) Islans.
  Journal of Plant Research, 108(4):443-450. 
  (ただし、全文の入手は有料のため、要約と本文の一部のみ参照。)
郷原匡史(2002)小笠原諸島のハナバチ相とその保全.  杉浦ほか(編) 
  ハチとアリの自然史. 北海道大学図書刊行会: 229-245.
  (ただし本文に当たれなかったので、牧野俊一 2004. リレー連載レッド
  リストの生き物たち 15 オガサワラクマバチ. 林業技術 No.774: 36-37 から
  の孫引き)
清水善和 2001. 小笠原諸島におけるワダンノキの現状と更新様式. 
  駒澤地理 No.37: 17-36.
豊田武司 2014. 小笠原諸島 固有植物ガイド. 株式会社ウッズプレス, 東京. 
ガイドの日記帳 ~つれづれなるままに~ ワダンノキ
  http://hahajimaguide.seesaa.net/article/128716947.html
  (2015年2月7日閲覧)




ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村  ランキングに参加しています。

2015年2月3日火曜日

小笠原の植物 ワダンノキDendrocacalia crepidifolia

1月12日

母島の乳房山遊歩道を散策した。標高461mの乳房山は母島最高峰であり、多くの固有植物を観察できるルートである。

遊歩道沿いで見られる植物の一つがワダンノキDendrocacalia crepidifolia
キク科の木本で、小笠原諸島の固有属、固有種。母島とその属島に見られる。




本種の特徴は、草本が大半のキク科にあって木本であること。観察した個体のうち、最も大きなものでは目測で高さ約5m、根元直径15cmに達していた。






木本のキク科は少ないとはいえ、日本国内に限ってもコウヤボウキ、ハマギク、モクビャッコウなどがあり、小笠原諸島では他にヘラナレンとユズリハワダンの2種が木本になる。しかし、これらは茎が木質化するものの肥大生長はあまりせず、背丈前後の低木に過ぎない。
このため、日本で立派な木になるキクはワダンノキだけ、と言ってよいだろう。


本種の生育地は主に母島の山地尾根部に限られる。小笠原諸島では、標高300mを超えた辺りから霧がかかりやすい環境となり、雲霧帯と呼ばれる。ワダンノキはこの雲霧帯の住人と紹介されることが多い。実際、今回林道沿いのワダンノキの個体位置を記録していったところ、最低標高320mの辺りで生育が途切れた。
しかし、単純にワダンノキを雲霧帯特有の植物と決めつけることはできないようだ。記録によれば母島の海食崖の標高100メートル付近まで生育が確認されているという(小野,奥富1985)。また、母島属島の湿性地にもわずかに分布し、さらに小笠原群島北端の聟島列島でもかつて生育があったという(小野,奥富1985, 豊田2014)。母島の低標高地や他の島の標高では、雲霧帯は存在しえない。このため、霧がかかるかどうかは生育のための絶対条件ではないらしい。

小笠原の植物を長年研究されている豊田氏も、著書の中で本種を「雲霧帯植物」とすることに疑問を呈している。


乳房山中腹のヒメツバキ優占林
他の要因を考えてみる。

母島において、水分条件のよい場所ではヒメツバキやアカテツ、シマホルトノキなどを中心とした高木林が成立し、乳房山の稜線以外の大部分もそうである。ワダンノキは木本とはいえそこまで大きくなる種ではなく、また陽地を好むとされる。高木林が安定して成立する場所では生育が困難と思われる。
また、低標高の尾根は高木が少なく草原や低木林が成立するため、競争相手の面では問題なさそうだが、ここはとりわけ高い乾燥ストレスがかかる場所である。


これらのことから、ワダンノキは雲霧帯を好む種というよりも、競争相手の高木が少なく、また乾燥が激しくないことが生育に重要で、たまたま雲霧帯の尾根部がそれに合致した環境ということなのではないかと思う。
とはいえ、本種が母島の雲霧帯の稜線付近で主に見られる種である、とすることには問題はないだろう。


母島の稜線部ではツルアダン(固有種とするならタコヅル)の繁茂が著しいのも特徴である。

ツルアダンは樹木に付着根ではりつきながら高木層まで達するが、支えのない尾根部では2メートルくらいの高さである。

左写真は、ツルアダン群落中に生育するワダンノキ。
このように、ワダンノキは成木になればツルアダンよりも樹高が高くなる。しかし、幼個体は暗いツルアダン群落内で成長できないので、世代交代が困難になるそうだ。現状、ワダンノキの更新はうまくいかず、減少傾向にあるとのことである(清水2001)。

清水(2001)によれば、ツルアダンに加えて外来種のアカギの侵入が今後の更新に影響を与えるかもしれないという。





外来種のアカギはともかく、ツルアダンによってワダンノキの更新が妨げられるのは、自然の摂理で仕方がないのではないか、と考えることもできる。しかし、実際はそう単純な問題ではないらしい。




左写真は、母島にあるロース記念館で展示されていた戦前の母島の写真。中央付近に高くそびえているのが乳房山である。
光の反射で少々分かりづらいが、山のかなり上の方まで畑が広がっているのが見てとれる。

現在緑豊かに見える母島の山地も、かつてはサトウキビ畑などが山頂近くまで開墾され、今見ることができる林の多くは二次林である。確かな情報は見つけられていないが、稜線の広大なツルアダン群落も本来の植生ではなく、二次的なものである可能性がある。


これは推論にすぎないが、かつての稜線は今よりもツルアダンが少なく、森林(低木林?)が成立していたのではないだろうか。台風が来てもほとんどビクともしないツルアダンと異なり、樹木は強風でしばしば倒れる。樹木が倒れてできた日当たりのよい場所に、真っ先にワダンノキが入り込んで世代交代していたのかもしれない。

ワダンノキの現状が人間によって作られたものだとしたら、ツルアダン群落の一部伐採など、人為的な管理もやむをえないだろう。


2月7日追記
ワダンノキに関してもう一つ記事を書きました。「ワダンノキの花は納豆の匂い
よろしければ見てください。


参考
小野幹雄・奥富清 1985. 小笠原の固有植物と植生. アボック社.
清水善和 2001. 小笠原諸島母島におけるワダンノキの現状と更新様式. 駒澤地理 No.37.
豊田武司 2003. 小笠原植物図譜 増補改訂版. アボック社.
豊田武司 2014. 小笠原諸島 固有植物ガイド. ウッズプレス.



ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村  ランキングに参加しています。