2015年2月19日木曜日

カワモズク類の観察

2月12日

大学の授業で、兵庫県のとある場所の水田地帯を訪れた。

扇状地の末端にあたるこの場所では、用水路を流れる水は河川から引いたものではなく、湧き水(伏流水)由来である。

湧き水で涵養されるこの用水路には、淡水紅藻のカワモズクの仲間が生育する。
赤褐色の大きなかたまりがチャイロカワモズク Batrachospermum arcuatum
緑色で小さなかたまりがアオカワモズクBatrachospermum helminthosum


この場所ではチャイロカワモズクの方が旺盛に生育していた。

チャイロカワモズク、アオカワモズクともに環境省のレッドデータで準絶滅危惧、兵庫県レッドデータでBランク(絶滅危惧Ⅱ類相当)に指定される。

観察のために採集したもの。
上の緑色のものがアオカワモズク、下二つがチャイロカワモズク。

「モズク」と言われるだけあって、触るとぬるぬるしてつかみづらい。かつては食用に利用されたそうだ。

観察した個体の大きさはチャイロカワモズクが5cm前後、アオカワモズクが2~3cmくらい。ただし、アオカワモズクは生育後期のためかあまり元気がなく、実際にはもう少し大きく成長するのだと思う。
採集したものを観察。肉眼では、楕円のかたまりが、じゅず状に連なっているように見える。

個人的にはミミズの仲間か、植物でいえばヒノキの枝葉に少し似ているように思った。
顕微鏡で拡大(目盛は確か1mm単位)。

肉眼で楕円のかたまりに見えたものは、細かな枝(輪生枝というらしい)の集まり。中軸の節ごとからまとまって生える。





さらに拡大して輪生枝を見る(こちらはアオカワモズク)。目盛は多分0.1mm。

 輪生枝は、1列の細胞で形成されていることが分かる。枝の先端には丸っこいものがあるが、これは精子嚢なのだそうだ。 チャイロカワモズク、アオカワモズクとも雌雄異株が基本で、今回観察したのはすべて雄株だった。 

また、写真の下部に点々と写る小さく丸いものは、恐らく精子嚢から飛び出したアオカワモズクの精子。自ら動くことのできない「不動精子」と呼ばれるもので、水の流れで造果器(造卵器にあたる)へ運ばれ、受精するという。
花粉を風や動物などに運ばせて受粉、受精を行う種子植物と少し似ている。


紅藻の仲間には、寒天の原料となるテングサの仲間や、ノリ(アサクサノリ、スサビノリなど)などよく知られた「海藻」が含まれる。
海において、紅藻や褐藻、緑藻などを含む海藻は、大型の生産者として重要な存在である。

一方、淡水域の大型生産者といえば維管束植物(シダ、種子植物)、特に被子植物であるため、自分は今まで藻類を注目することはほとんどなかった。しかし、小型ではあるものの海藻のように立派に育つカワモズクの姿を見て、案外重要な存在なのかも、と少し印象が変わった。

今後は藻類の存在にも目を向けながら、淡水域の植生を観察してみようと思う。



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2015年2月18日水曜日

ワダンノキの花は納豆の匂い

1月11日

母島の乳房山で観察したワダンノキ。
花期は11~12月と聞いていたが、まだ咲き残りの花が見られた。

前回記事はこちら→
ワダンノキDendrocacalia crepidifolia


花の拡大。
紫色の花びらを持った小さな花の集まりであることが分かる。
小さな花が一か所から5つずつ咲く。この5つの花のまとまりを「頭花」という。




ノジギクの花


ワダンノキに限らず、キク科植物の花はこの頭花で、一見一つに見える花は沢山の小さな花(小花)の集まりである。
ただ、よく知られる菊やタンポポは小花の数が多く、また大きな花びらを持つ花(舌状花)も付けて鮮やかなので、随分雰囲気が異なる。




ちなみに、ワダンノキは雌雄異株(雄株と雌株に分かれる)だそうだ(Kato & Nagamasu 1995)。
この論文では雄花と雌花の違いとして、「雄花では葯から花粉を多く出すが、雌花ではほとんど出さない」、ということが区別の一つとして挙げられている。撮影した花の雄しべからは、黄色い花粉が沢山出ている様子が確認できるので、これは雄花ということだろうか。写真を見返すと、今回撮影したものは全て雄花だったようである。

ワダンノキが雌雄異株ということは、帰宅後に初めて知った。事前に雌雄があることを知っていれば、観察する目も違っていたのかな、と少々残念である。



ひときわ沢山の花を付けたワダンノキの横を通過した時、辺りに匂いが漂っていることに気が付いた。発信源はワダンノキの花であった。
決してよい香りとは言えず、僕は真っ先に納豆を思い浮かべた。




シイノキ、クリ、ガマズミの仲間、サトイモ科のテンナンショウ属など、人にとって不快と感じる臭気を発する花はそれなりに多い。しかし、「納豆のような」匂いの花は自身の経験上では初めてだった。

変わった香りを持つのだから、ワダンノキの花にはそれに見合った特定の虫が来るのではないか、と考えた。
観察時は訪花昆虫を確認できなかったので、帰宅後に少し調べてみた。

Kato & Nagamasu( 1995)によれば、現在の訪花昆虫の大半は外来種のセイヨウミツバチApis mellisferaであり、かつては固有のハナバチが送粉の役割を担っていたとのことであり、また郷原 (2002)はオガサワラクマバチを候補に挙げている。
また、小笠原の自然を紹介するサイト「ガイドの日記帳~つれづれなるままに~」では、小さなハエが訪花していたことが書かれている。

これらの情報から、ワダンノキは特定の虫がパートナーというよりも、様々な虫を送紛者としている、と言えそうだ。
安部(2009)によれば、小笠原諸島のような海洋島における送粉系(植物と送紛者との関係)は多くの場合一対一でなく、特定の種にこだわることなく様々な花を訪れる虫により成り立つそうだ。ワダンノキもこれに当てはまることが考えられる。


僕はワダンノキの独特な花の香りは、特定の虫を呼ぶためのものだ、と思い込んでいたが、実際には一種の昆虫ではなくハチやハエなど様々な虫を呼び寄せるための工夫ということなのだろう。「匂い」は色と異なり、姿が見えなくても感知できる。
外来種のミツバチが主要な送粉者とされているけれど、もしかすると、夜行性の昆虫の存在も案外重要なのではないか、と思ったりもする。


ワダンノキの果実。タンポポなどと似ている





ワダンノキの芽生え。ただし日当たりが悪く、生長は困難

























<引用・参考文献、サイト>
安部哲人 2009. 小笠原諸島における送粉系攪乱の現状とその管理戦略. 
  地球環境 Vol.14 No.1: 47-55.
Kato Makoto, Nagamasu Hidetoshi 1995. Dioecy in the Endemic Genus
  Dedrocacalia (Compositae) on the Bonin (Ogasawara) Islans.
  Journal of Plant Research, 108(4):443-450. 
  (ただし、全文の入手は有料のため、要約と本文の一部のみ参照。)
郷原匡史(2002)小笠原諸島のハナバチ相とその保全.  杉浦ほか(編) 
  ハチとアリの自然史. 北海道大学図書刊行会: 229-245.
  (ただし本文に当たれなかったので、牧野俊一 2004. リレー連載レッド
  リストの生き物たち 15 オガサワラクマバチ. 林業技術 No.774: 36-37 から
  の孫引き)
清水善和 2001. 小笠原諸島におけるワダンノキの現状と更新様式. 
  駒澤地理 No.37: 17-36.
豊田武司 2014. 小笠原諸島 固有植物ガイド. 株式会社ウッズプレス, 東京. 
ガイドの日記帳 ~つれづれなるままに~ ワダンノキ
  http://hahajimaguide.seesaa.net/article/128716947.html
  (2015年2月7日閲覧)




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2015年2月3日火曜日

小笠原の植物 ワダンノキDendrocacalia crepidifolia

1月12日

母島の乳房山遊歩道を散策した。標高461mの乳房山は母島最高峰であり、多くの固有植物を観察できるルートである。

遊歩道沿いで見られる植物の一つがワダンノキDendrocacalia crepidifolia
キク科の木本で、小笠原諸島の固有属、固有種。母島とその属島に見られる。




本種の特徴は、草本が大半のキク科にあって木本であること。観察した個体のうち、最も大きなものでは目測で高さ約5m、根元直径15cmに達していた。






木本のキク科は少ないとはいえ、日本国内に限ってもコウヤボウキ、ハマギク、モクビャッコウなどがあり、小笠原諸島では他にヘラナレンとユズリハワダンの2種が木本になる。しかし、これらは茎が木質化するものの肥大生長はあまりせず、背丈前後の低木に過ぎない。
このため、日本で立派な木になるキクはワダンノキだけ、と言ってよいだろう。


本種の生育地は主に母島の山地尾根部に限られる。小笠原諸島では、標高300mを超えた辺りから霧がかかりやすい環境となり、雲霧帯と呼ばれる。ワダンノキはこの雲霧帯の住人と紹介されることが多い。実際、今回林道沿いのワダンノキの個体位置を記録していったところ、最低標高320mの辺りで生育が途切れた。
しかし、単純にワダンノキを雲霧帯特有の植物と決めつけることはできないようだ。記録によれば母島の海食崖の標高100メートル付近まで生育が確認されているという(小野,奥富1985)。また、母島属島の湿性地にもわずかに分布し、さらに小笠原群島北端の聟島列島でもかつて生育があったという(小野,奥富1985, 豊田2014)。母島の低標高地や他の島の標高では、雲霧帯は存在しえない。このため、霧がかかるかどうかは生育のための絶対条件ではないらしい。

小笠原の植物を長年研究されている豊田氏も、著書の中で本種を「雲霧帯植物」とすることに疑問を呈している。


乳房山中腹のヒメツバキ優占林
他の要因を考えてみる。

母島において、水分条件のよい場所ではヒメツバキやアカテツ、シマホルトノキなどを中心とした高木林が成立し、乳房山の稜線以外の大部分もそうである。ワダンノキは木本とはいえそこまで大きくなる種ではなく、また陽地を好むとされる。高木林が安定して成立する場所では生育が困難と思われる。
また、低標高の尾根は高木が少なく草原や低木林が成立するため、競争相手の面では問題なさそうだが、ここはとりわけ高い乾燥ストレスがかかる場所である。


これらのことから、ワダンノキは雲霧帯を好む種というよりも、競争相手の高木が少なく、また乾燥が激しくないことが生育に重要で、たまたま雲霧帯の尾根部がそれに合致した環境ということなのではないかと思う。
とはいえ、本種が母島の雲霧帯の稜線付近で主に見られる種である、とすることには問題はないだろう。


母島の稜線部ではツルアダン(固有種とするならタコヅル)の繁茂が著しいのも特徴である。

ツルアダンは樹木に付着根ではりつきながら高木層まで達するが、支えのない尾根部では2メートルくらいの高さである。

左写真は、ツルアダン群落中に生育するワダンノキ。
このように、ワダンノキは成木になればツルアダンよりも樹高が高くなる。しかし、幼個体は暗いツルアダン群落内で成長できないので、世代交代が困難になるそうだ。現状、ワダンノキの更新はうまくいかず、減少傾向にあるとのことである(清水2001)。

清水(2001)によれば、ツルアダンに加えて外来種のアカギの侵入が今後の更新に影響を与えるかもしれないという。





外来種のアカギはともかく、ツルアダンによってワダンノキの更新が妨げられるのは、自然の摂理で仕方がないのではないか、と考えることもできる。しかし、実際はそう単純な問題ではないらしい。




左写真は、母島にあるロース記念館で展示されていた戦前の母島の写真。中央付近に高くそびえているのが乳房山である。
光の反射で少々分かりづらいが、山のかなり上の方まで畑が広がっているのが見てとれる。

現在緑豊かに見える母島の山地も、かつてはサトウキビ畑などが山頂近くまで開墾され、今見ることができる林の多くは二次林である。確かな情報は見つけられていないが、稜線の広大なツルアダン群落も本来の植生ではなく、二次的なものである可能性がある。


これは推論にすぎないが、かつての稜線は今よりもツルアダンが少なく、森林(低木林?)が成立していたのではないだろうか。台風が来てもほとんどビクともしないツルアダンと異なり、樹木は強風でしばしば倒れる。樹木が倒れてできた日当たりのよい場所に、真っ先にワダンノキが入り込んで世代交代していたのかもしれない。

ワダンノキの現状が人間によって作られたものだとしたら、ツルアダン群落の一部伐採など、人為的な管理もやむをえないだろう。


2月7日追記
ワダンノキに関してもう一つ記事を書きました。「ワダンノキの花は納豆の匂い
よろしければ見てください。


参考
小野幹雄・奥富清 1985. 小笠原の固有植物と植生. アボック社.
清水善和 2001. 小笠原諸島母島におけるワダンノキの現状と更新様式. 駒澤地理 No.37.
豊田武司 2003. 小笠原植物図譜 増補改訂版. アボック社.
豊田武司 2014. 小笠原諸島 固有植物ガイド. ウッズプレス.



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