2018年12月21日金曜日

6月 津波跡地の湿地にて(宮城県気仙沼市)

6月下旬

植物調査の手伝いで宮城県気仙沼市の湿地を訪れた。ここは海岸の至近に位置し、2011年3月の津波を被っている。
震災後、防潮堤設置などの工事が気仙沼でも例外なく行われているが、この湿地は地主の方の尽力により守られており、動物相などに関する調査・研究の舞台にもなっている。

湿地は海と接してはいないが、潮が満ちると隣の川(土管で湿地と連絡している)から塩水が流れ込み、水位が変化する。
淡水から塩水、陸域から水域。異なる環境が連続的に存在するこの場所では、様々な生物が生息している。

環境の連続性を象徴するように、塩性湿地から淡水湿地にかけての植生の移り変わりが見られる。

最も内陸側の、淡水の流路沿いには、カサスゲCarex dispalata Boottを主体とする植物群落が発達する。
昆虫や両生類などが多いエリアでもある。

ヒメヨツバムグラGalium gracilens (A.Gray) Makino
(アカネ科)

オオカワズスゲCarex stipata Muhl. ex Willd.
(カヤツリグサ科)

タニヘゴDryopteris tokyoensis (Makino) C.Chr.
(オシダ科)

谷津などの湿地に多い大型シダ。種小名が示すように、基準産地は東京だが、東京では絶滅している。東北などでは今でも比較的多いが、関東以西の都府県では絶滅危惧等の扱いになっていることが多い。

アカハライモリCynops pyrrhogaster (Boie, 1826)
(イモリ科)

ヒメギス?

イトトンボの仲間(確認中)

ホソミオツネントンボ?

流路を除く大半の場所では、やや乾いた場所から浅水中に至るまで、ヨシ群落が広がっている。

浅水中では写真中央に写る、フトイSchoenoplectus tabernaemontani (C.C.Gmel.) Pallaなどが混生している。

海水の影響を受ける水際では、塩生植物(塩分濃度の高い立地でも生育できる植物)で構成される植物群落が広がっている。

写真中で最も目立つのはタチドジョウツナギPuccinellia nipponica Ohwi(イネ科)。

タチドジョウツナギは宮城県では絶滅危惧種等に指定されていないものの、分布域が東北地方太平洋側に限られており、本地域の塩性湿地を特徴づける存在と言える。
福島県などでは震災後に新たな生育地も発見されており、津波による攪乱が本種に適した環境を作ったのかもしれない。

熟した果実は花序から容易に外れ、水面を漂う。そのまま潮の流れに乗れば、新たな生育地へ向けて旅することになる。

アキノミチヤナギPolygonum polyneuron Franch. et Sav.
(タデ科)

本種も塩性湿地に特徴的な植物。

ナガミノオニシバZoysia sinica Hance var. nipponica Ohwi
(イネ科)

塩性湿地に生えるシバの仲間。
岩手県以南に分布。

これらの他に、ハマゼリ、ハチジョウナ、トウオオバコ、ホウキギク、シオクグなども見られた。

塩生植物が生える立地は、すなわち干潟であり、干潟の生き物も数多く生息している。

写真はカニの一種。

ウミニナの仲間?

水深の深い場所にはカワツルモが群落を作っている。

カワツルモRuppia maritima L.はカワツルモ科の多年草で、汽水の水中に生える。
世界各地に分布し、日本でも全国に分布しているものの、多くの地域で絶滅が危惧されている。






<学名の引用元(2018年12月21日現在)>
植物・・・植物和名-学名インデックス YList(http://ylist.info/index.html)
両生類・・・日本産爬虫両棲類標準和名(http://zoo.zool.kyoto-u.ac.jp/herp/wamei.html)
昆虫・・・確認中

<参考文献>
1.齋藤若菜・渡邉祐紀・黒沢高秀 2016. 福島県相馬市小泉川・宇多川河口に震災後新しく出来た塩性湿地・干潟の植物相および植生. 福島大学地域創造, 27(2): 73-92.
2.角野康郎 2014. ネイチャーガイド 日本の水草. 文一総合出版.


2018年12月18日火曜日

富士五湖の湖畔にて カヤツリスゲなど

2018年8月下旬

研究室メンバーの植物観察会で、富士五湖の河口湖を訪れた。










河口湖は富士河口湖町の市街地に接し、富士五湖中で最も開発が進んでいる感があるが、湖畔は様々な湿生植物の生育地になっている。中でも、日本での分布が北海道と富士五湖に限られるスゲ属の一種、カヤツリスゲ(国RLで絶滅危惧IB類)は貴重かつ特徴的な存在だろう。


湖畔で目立つ植生はヨシ群落。しかし、カヤツリグサ科の一年草などで構成される、植生高の低い植物群落も成立している。
この群落の立地は、ヨシ群落よりも湖面からの比高(湖抜?)が高く、増水時のみに水に浸かる環境であるようだ。波打ち際ゆえに冬場の波による攪乱や新たな土砂の堆積を受けやすく、一年草の生育に適した環境になっているのかもしれない。

メアゼテンツキFimbristylis velata R.Br.(カヤツリグサ科テンツキ属)

ウシノシッペイHemarthria sibirica (Gandog.) Ohwi
(イネ科ウシノシッペイ属)

ヒロハノコウガイゼキショウ?
(イグサ科イグサ属)

コウガイゼキショウの仲間は種同定に苦労する。
葉が多管質の種のようなので、ヒロハノコウガイゼキショウかコウガイゼキショウだろうか。

アオヒメタデ?
(タデ科イヌタデ属)

湿地生のイヌタデ属も、種数が多く種同定に悩むグループ。
標本は採ったが種同定はまだしていない。











様々な湿生植物が出現し、種同定に迷いながらも楽しい観察が続いたが、カヤツリスゲは見つからない。
河口湖とはいえ発見するのは難しいのだろうか、と思いながら、場所を移して探索を続けた。

しばらくして、土手の刈り取り草地とヨシ群落の境界付近でミコシガヤCarex neurocarpa Maxim.を見つけた。
ミコシガヤは河川氾濫原のように攪乱されやすい立地を好み、スゲ属の中ではやや雑草的な性格を持つ。短命な多年草と言われるカヤツリスゲと生育立地が似ているのでは、と考え、期待が高まる。

さらに探索すること約5分、ついにカヤツリスゲを見つけた。生育立地が似ていると予想したミコシガヤと一緒に生えていた。
帰路に着きかけていた同行者を呼び戻し、観察を再開した。

カヤツリスゲCarex bohemica Schreb.はカヤツリグサ科スゲ属の一種。和名が示すように、カヤツリグサ属を思わせる花序を持つ。シノニム(現在採用されていない学名)もCarex cyperoides Murrayであり、「カヤツリグサ(属)っぽいスゲ」の意味になる。
日本での分布は限られるがユーラシアに広く生育していて、学名の種小名「bomemica」はボヘミア(チェコ中西部)を指しているものと思われる。

図鑑で河口湖産のカヤツリスゲの写真を見て以来、実物をずっと見てみたいと思っていた。実物に対面でき、とても嬉しかった。

ちなみに、カヤツリスゲと混生していたミコシガヤの分布域は、日本の本州以南を含む東アジアに限られる。富士五湖は日本で、もしかすると世界で唯一、カヤツリスゲとミコシガヤが一緒に暮らす場所なのかもしれない。


<参考文献>
勝山輝男 2015. 日本のスゲ 増補改訂. 文一総合出版