2020年3月13日金曜日

テリミトラ(Thelymitra)の花の観察

世界らん展の「アルペンガーデンやまくさ」さんの店舗にてオーストラリア東部原産のラン科植物、Thelymitra nudaT. x macmillaniiを購入した。

3月に入り両種が咲き始めた。英名Sun orchidが示すように、本属の大半の種は暖かく晴れた日の昼間しか開花しないため、咲いている姿はなかなか拝めない。

Thelymitra nudaは青紫色(時に白色や桃色)の花を付ける。花には強い香りがある。


Thelymitra x macmillaniiは、T. antennifera(黄花)とT. carneaもしくはT. rubra(桃色花~赤花)の自然交雑種とされ、鮮やかな赤色(時に黄色)の花を付ける。本種の花にも香りがあるが、T. nudaよりは弱いように感じた。


片親であるT. antennifera
2014年 西オーストラリア州にて撮影。


テリミトラ属の花の形はラン科植物の中ではかなり異質で、「ラン科っぽくない」花である。これは、多くのラン科植物では花弁のうち唇弁の形が特殊化するのに対して、テリミトラは全ての花びら(萼片、花弁)がほぼ同形だからである。
また、蕊柱(ずいちゅう、雄しべと雌しべが合着したもの)はラン科の花を特徴づけるものの一つだが、テリミトラでは蕊柱の付属体が際立って発達するのが特徴である。

T. nuda(写真)の花を見ると、中央に黄色い花粉を付けた雄しべと、白い綿状の雌しべがあるように見える。しかし、これは本物の雄しべと雌しべではなく「花粉塊と雌しべ風の」付属体である。

各部位がどのようなものでどのような意味を持つのかを、文献を参照しつつ観察・考察した。

T. nuda(左)とT. x macmillanii(右)の花の解体写真。

中央にあるのが蕊柱、内側の3枚の花びらが花弁(内花被片)でうち一番下(時計の6時方向)のものが唇弁、外側の3枚の花びらが萼片(外花被片)、下にあるのが子房。

T. nudaの蕊柱部分の拡大。内側に見えるのが柱頭と小嘴体(※粘着体viscidiumかもしれない)、そして葯帽。花粉塊は柱頭の後ろに隠れている。



次に、分解した蕊柱を横から見る。各部位の名称は、Jeanes (2011)Bernhardt & Burns-Balagh(1986)などを参考にして判断した。

・子房の先端に付いているのは、花粉塊と蕊柱(花粉塊の裏側に隠れている)である。
Column (wings)(以下、蕊柱)。蕊柱そのもののようだが、薄く幅広な形状からか、論文中には「column wings」と書かれていた。T. nudaでは5-6.5 mmで淡紫~桃色。
Post-anther lobe (以下、PALmid-lobeとも。日本語を当てるなら後葯帽裂片や中裂片?)。T. nudaでは葯帽を覆い、茶色~黒色を帯びて先端がV字型で黄色。
Lateral lobes (以下、LLcolumn-armslateral staminodesとも。外裂片?)。T. nudaでは長さ1.2-2 mmで白毛が生える。

なお、Auxiliary lobes (以下、ALaccessory lobesside lobulesとも。補助裂片?)が存在する種もあるが、T. nudaでは無いようだ。

花粉塊。ラン科では花粉塊がろう状で崩れにくいものと、粉状で崩れやすいものがあるが、テリミトラは後者にあたるようだ。









次はT. x macmillaniiを見てみる。蕊柱の各部位の形状はT. nudaとはかなり異なっている。各部位の名称は、写真に示す通りで良いと思う。
最初に目につくのは、LLの形の違いである。T. x macmillaniiでは鮮やかな赤~黄色でリボン状に発達(長さ2-3 mm)し、表面はいぼ状になっている。また、葯帽が大きく、先端が黄色い。

横から見ると、小さなPALが見える。また、葯帽の先端が蕊柱column wingsから突き出し、非常に目立っている。









テリミトラの花には訪花昆虫の報酬となる蜜や花粉はない(花粉塊はエサ資源としては利用しづらいと思われる)。他方で、蕊柱の付属体(PALLL)が発達して雄しべのような見た目になり、甘い花香を持つことも多い。これらの特徴から、テリミトラは昆虫にエサがあると勘違いさせ花粉媒介させる、「だまし受粉」の戦略を取っていると考えられている。雄しべのような付属体はPseudopollen(偽の花粉)と呼ばれる(Bernhardt & Burns-Balagh 1986)。

全てのテリミトラで共通なのかは把握していないものの、文献(Bernhardt & Burns-Balagh 1986; Dafni and Calder 1987)によれば、少なくとも我が家で栽培しているT. nudaと、T. x macmillaniiの片親のT. antenniferaについては、同所的に生える別植物の花に擬態し、別植物と共通する訪花昆虫に送粉させていると考えられる

青紫色の花を付けるT. nudaは、Thysanotus patersoniiDichopogon fimbriatus(ともにキジカクシ科、旧ユリ科)などが擬態相手と考えられており、ヒラタアブやハナバチなどが送粉者になっている(写真はThysanotusの一種、2014年 西オーストラリア州)。

T. antenniferaは黄色い花を付け、Hibbertia stricta(ビワモドキ科)やGoodenia geniculata(クサトベラ科)などが擬態相手と考えられており、やはりハナバチやヒラタアブなどが送粉者になっている(写真はHibbertiaの一種、2014年9月 西オーストラリア州)。





<引用、参考>
・Bernhardt P. and Burns-Balogh P. 1986. Floral mimesis in Thelyimtra nuda (Orchidaceae). Plant systematics and evolution, 151:187-202.
・Brown A., Dixon K., French C., and Brockman G. 2013. Field guide to the orchids of Western Australia. Simon Nevill Publications.
・Dafni A. and Calder M. 1987. Pollination by deceit and floral mimesis in Thelymitra antennifera (Orchidaceae). Plant systematics and evolution, 158:11-22.
・Jeanes J. A. 2001. Resolution of the Thelymitra aristata (Orchidaceae) complex of south-eastern Australia. Muelleria 29: 110-129.
Flora of Victoria (https://vicflora.rbg.vic.gov.au/)
・上サイトのT. nudaのページhttps://vicflora.rbg.vic.gov.au/flora/taxon/8cd66b50-191f-4e77-b20a-f75ea7d69e4c
・上サイトのT. x macmillaniiのページhttps://vicflora.rbg.vic.gov.au/flora/taxon/c6743379-d9ba-48f8-9ba6-85a854c39a4e