2015年9月9日水曜日

大台ケ原を歩く (東大台編)

8月10日

大学の先生方とともに、奈良県上北山村の大台ケ原を訪れた。

「吉野熊野国立公園」に指定地域の一つである大台ケ原は、隆起準平原からなる台地状の山である。屋久島と並ぶ日本最多雨地域であり、ブナや針葉樹などからなる広大な森林が広がっている。

豊かな自然が広がる一方、近年シカや人などによる影響が深刻であると言われ、トウヒの立ち枯れ地は象徴的な存在として紹介されることも多い。

大台ケ原ドライブウェイの終点にあたる、標高約1570mの平坦地。
ビジターセンターや土産物屋、宿泊施設があり、観光の起点となっている。
この平坦地をほぼ境に、東側は「東大台」、西側は「西大台」、と呼ばれている。



東大台方面への登山道を進むと、すぐに針葉樹林の中に入った。
中部地方以北の山岳地帯では広く見ることができる亜高山針葉樹林だが、高い山の少ない近畿地方では紀伊半島の大台ケ原や大峰山系に限って見られる。



高木層を主に占めるのは、ウラジロモミAbies homolepisとトウヒPicea jezoensis var. hondoensis。ときにヒノキChamaecyparis obtusaが混じる。このうち、トウヒは大台ケ原が分布の南限である。
ウラジロモミとトウヒは遠目にはよく似ているが、ウラジロモミの樹皮が黄褐色なのに対し、トウヒの樹皮は紫色がかった褐色なので、見分けがつく。

また、低木層にはタンナサワフタギSymplocos coreanaやオオイタヤメイゲツAcer shirasawanum、フウリンウメモドキIlex geniculata、リョウブClethra barbinervis、クロヅルTripterygium regeliiなど。
草本層はミヤコザサSasa nipponicaが優占し、ときにスズタケSasa borealisを交えている。登山道沿いなどの斜面では、ササの代わりに蘚類(コケ)が地面を覆い、ホソバトウゲシバHuperzia serrata var. serrataやイトスゲCarex fernaldiana、コミヤマカタバミOxalis acetosella、ヒメミヤマスミレViola boissieuanaなどが一緒に生えている。

ホソバトウゲシバ



イトスゲ




















トウヒやウラジロモミの根元を見ると、あちらこちらで樹皮が剥がされているのが目に付く。樹皮剥ぎを受けた木の多くは生きていたが、中には樹皮が幹一周はがされて枯死したものもあった。

関根,佐藤(1992)などによると、大台ケ原で樹皮剥ぎを行っている動物は、主にニホンジカであるという。
樹皮剥ぎ防止ネットが功を奏しているのか、多くの剥ぎ痕は随分と年数がたっているようで、新しいものは少なかった。

稜線に到着。

15km離れた太平洋から吹き付ける湿った風が斜面に直接当たるこの場所では、特に霧が発生しやすいらしい。
また強風の影響か、木々の高さは風背と比較して明らかに低い。

稜線では、ブナFagus crenataが果実(ドングリ)をたわわに付けていた。

ブナは、冷温帯(ブナクラス域)を特徴づける木である。針葉樹林が広がる東大台に生えていることに、おや、と思うが、亜高山帯(コケモモ-トウヒクラス域)の下限に位置するため、ブナが混生しているのだろう。

稜線沿いを右に進むと、トウヒの立ち枯れが目立つ正木峠に到着。ミヤコザサ草原が一面に広がる。

樹木はシロヤシオの他には、ウラジロモミの幼木などがわずかに見られるのみだった。

ミヤコザサを観察すると、あちらこちらにシカの食痕が見られた。


昭和38年当時の正木峠を示した看板。
ここはかつて林床をコケが覆う、うっそうとした針葉樹林だったという。

そこから現在の景観へと変化した要因として、看板には次のようなことが挙げられている。



①伊勢湾台風などによる樹木の多数転倒、および転倒木の搬出による林床の乾燥化。
②林床の乾燥化に伴うコケの減少と、ミヤコザサの繁茂。
③ササの繁茂による樹木の更新の阻害。
 ④大台ケ原周辺で増加したシカによる下層植生の採食や、樹皮剥ぎの増加。

これら様々な要因が重なり、現在に至っているという。


ササ草原内には、シカ除けネットで四角く覆われた場所があり、内側には植栽されたと思われるトウヒの若木が育っていた。


登山道を歩いていると、自然に芽生えたトウヒも点々と見られた。

その多くは、登山道沿いの日当たりが比較的良い場所で、コケ群落中や、湿った裸地に生じているようだった。

中には、発芽から間もないと思われるものだけでなく、それなりに大きな個体も見られた。
写真の個体はその一つで、高さ30cm超、枝を大きく広げていた。

ただ、このように大きく成長したものでは、新芽がシカに食べられているのも目に付いた。

正木ヶ原。
こちらは正木峠とは異なり、白骨化した枯死木と、生存木とが入り混じる。

生存木はヒノキとウラジロモミ、コメツガが主で、トウヒは少ない。また、トウヒの中にはやや衰えが見られるものも混じっており、枯死は多少なり進行中に思われた。


正木ヶ原からしばらく下ると、再び針葉樹林に入った。

左写真の奥に写っているのは、ヒノキの古い切り株。写真に写る看板や環境省のwebページによると、東大台において、大正時代に製紙材料として大規模に伐採が行われたのだそうだ。現在見られる林は、その後に実生個体から再生したものだという。


さらに進むと、林床を蘚類(コケ)やイトスゲが覆う場所になった。
大半の林床がミヤコザサに覆われる現在の東大台だが、多湿で岩が露出する斜面では、かつてのように(?)、蘚類が優占しているようだ。

翌日の西大台立ち入りに必要なレクチャーを受けるため、大蛇嵓などはパスして足早に下山。

写真は、ビジターセンター脇の球果(マツボックリ)を付けていたトウヒ。











<参考・引用>

  関根達郎, 佐藤治雄 1992. 大台ケ原山におけるニホンジカによる樹木の剥皮. 日本生態学会誌, 42: 241-248.
  環境省 吉野熊野国立公園 大台ケ原
http://kinki.env.go.jp/nature/odaigahara/odai_top.htm(2015年9月閲覧)
  Y List 植物和名-学名インデックス
http://ylist.info/(2015年8月閲覧)









2015年9月6日日曜日

シバンムシアリガタバチ Cephalonomia gallicola

7月21日


自宅にて、シバンムシアリガタバチ
Cephalonomia gallicolaを見つけた。
体長約2mmの小さなハチで、アリガタバチの名の通り、メスは翅を持たずアリそっくりの姿をしている。





本種の存在に気がついたのは、数日前に刺されたのがきっかけである。ごく小型のハチながら、刺された際にはかなり強い痛みがあり、その後数日間痒さが残った。



刺されるまでは気付かなかったが、その気になると床や壁を歩いている個体が目に付くようになった。
思えば、以前から床を単独で歩いていた小型であめ色のアリらしき虫が、本種だったのかもしれない。

アリガタバチは、害虫として知られるシバンムシ類の天敵(シバンムシの幼虫に産卵し、幼虫のエサとする)であり、益虫の一種といえる。
一方で、人を刺すという点では害虫に区分される。僕にとっては、今のところ目に見えた被害が見えないシバンムシよりも、実害のある本種の方が困った存在である。

再び刺されるのは御免だが、見た目・生態ともに変わったハチであり、いつかオスバチや、シバンムシの幼虫への産卵シーンは見てみたいと思う。



<参考>
  イカリ消毒オンラインショップ シバンムシアリガタバチCephalonomia gallicola(ASHMEAD)
http://www.ikari.jp/gaicyu/33010d.html(2015年9月閲覧)




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