2014年10月24日金曜日

佐渡の植生 海岸湿地の植物たち

10月21、22日

佐渡の西側の海岸で、塩性湿地に生える植物を観察した。

自然豊かな佐渡島であるが、大部分の海岸線で護岸工事やテトラポットの設置がなされており、海岸が自然のまま良好に保たれている場所はそう多くない。人の生活圏と接する海岸植生は開発の影響を受けやすく、今日の佐渡において特に脆弱な存在の一つであると考えられる。



岩礁海岸に成立する植物群落。小さな岬の付け根に当たる場所であり、多少なりとも日本海の荒波から守られていると思われた。
右側の赤茶色で背丈の低い群落の主な構成種はヤマイFimbristylis subbispicata (カヤツリグサ科)、左側の背丈の高い群落の構成種はヨシPhragmites australis (イネ科)とシオクグCarex scabrifolia (カヤツリグサ科)など。


(写真は佐渡の別の場所で撮影したもの)
海側の最前線に主に見られたのがウミミドリLysimachia maritima (サクラソウ科)。

北方系の植物で、佐渡は分布の南限に近い。(日本における分布南限は石川県の能登半島)

卒論で、東北の海岸に成立する湿地の植生を扱った自分にとってはなじみ深い植物である。



ヤマイ群落内から流れ出る水
塩性湿地というと塩分(海水)の影響が着目されやすいが、実際には陸側からの淡水の流入も大きく影響していると思われる。

つまり、塩性湿地の水質は海水とイコールではなく、海水と淡水の混じった汽水である。

陸側から流れ込む水が開発等により遮断されたり、または極度に汚染された場合、塩性湿地の植物たちに何らかの影響が及ぶことも考えられる。


この場所でも明らかに陸側から水が流れ込んできており、ヤマイはその水が流れたり湧き出していると思われる場所に生育していた。

写真では分かりづらいと思うが、靴の先の辺りを右から左へ水が流れていた。

その他に見かけたもの。

左写真はドロイJuncus gracillimus (イグサ科)。
イヌイとも迷ったがおそらく本種。

湿地に生えていたものとしては、他にトウオオバコ、アキノミチヤナギなど。

湿地の背後の礫地にはハマゴウVitex rotundifolia が生育していた。

ハマゴウは暖かい地域の海岸を代表する低木で、本州の暖温帯域の海岸を北限に、沖縄の海岸でも普通に見かける。



北方系のウミミドリが生育する湿地の背後にハマゴウが生える構図は、通常異なる気候下で生育する植物が同所的に見られる佐渡を象徴するかのようで、とても面白かった。

佐渡島の希少植物のうち海岸植物として、ウミミドリをはじめ北方系のハマベンケイソウやハマハコベなどが挙げられているが、今回の観察では発見できなかった。次回訪れた時は見つけたいと思う。



<参考>
・Y List 植物名検索
http://bean.bio.chiba-u.jp/bgplants/ylist_main.html (2014年10月24日現在)
 

・高木政喜・白井伸和 2013.  上野海岸におけるウミミドリの生育環境 ~植生調査と土壌塩分濃度の測定から~, , 石川県立自然史資料館研究報告 第3号 : 1-9.
http://www.n-muse-ishikawa.or.jp/motto/docs/%E7%A0%94%E5%A0%B13%E5%8F%B7_1-9.pdf(2018年2月28日現在)
※2018年2月28日 リンク先を修正しました





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佐渡島の植生 安養寺のブナ林

10月22日

植生学会の観察会で佐渡島を訪れた。


今回訪れた場所のひとつが安養寺。
大佐渡山地と小佐渡山地に挟まれた国中平野に位置する。

標高約60mの当地には佐渡島で最も低標高に成立しているブナ林が見られる。

ブナ林の外観。


林内。

白っぽい樹皮の木がブナ、真ん中の褐色の木はスギ。高木層には他にアカシデ、ホオノキなどがあった。
スギは佐渡島では自然林の構成種で、尾根部にスギ林も形成しているが、お寺の隣なので植栽起源かもしれない。

林床を覆う低木は日本海側のブナ林の構成種のひとつであるヒメアオキ。

丸く大きな葉が特徴のオオカメノキ(ムシカリ)。
本種もブナ林の低木層の重要な構成種。

このように、安養寺のブナ林ではブナだけでなく、ブナ林を構成する植物が多く出現していた。
低木としては上記以外にハイイヌツゲ・エゾユズリハ・オオバクロモジ・ハウチワカエデ、ヤマモミジなど、草本としてコシノカンアオイなどが見られた。

(背後に写るサクラはウワミズザクラ、ササは恐らくヤダケ。)

ブナ林、つまり冷温帯域の植物が多く見られる一方で、暖温帯の常緑広葉樹林(照葉樹林)で見られる植物も混生していた。

写真の右側に写るのは、冷温帯で見られるヒノキアスナロ、左側に写るのは常緑広葉樹林の構成種であるシロダモ。

主に暖温帯で見られる植物として他に見られたものはヒサカキ、ヤブコウジ、ヤブツバキなど。少し離れた所ではスダジイの大木もあった。
ちなみに小佐渡山地では日本海側ブナ林に生育するユキツバキも見られるそうだが、ここではヤブツバキのみ。


当地の気候は、気温をもとにすれば暖温帯域に属するといえる。
最も近いアメダス(両津)で観測された1981年~2010年平均の月別平均気温をもとにWI(温量指数)、CI(寒さの指数)を算出すると、WI=105.5、CI=-4.5となる。
暖温帯のWIは85~180、CIは-10以上とされているので、これに当てはまる。
両津のアメダスの標高は5mと少し低いが、安養寺の気候もこれと大きくは違わないはず。

(WI(温量指数)については説明が長くなるので、詳しくは「Wikipedia 暖かさの指数」などを参考にしていただければ、と思います。)

ブナの幼個体(高さ約40cm)。発芽から5年くらいだろうか。
暖温帯域でブナが見られる例はいくつかあり、例えば東京近郊で有名なのは高尾山のものがあげられる。
高尾山のブナは、200~300年位前の小氷期の時代に生育したものの生き残りと言われ、現在残るのはいずれも成熟個体。充実した果実が形成されず、次世代への更新はできていないと考えられている。

一方、佐渡の安養寺のブナ林では少ないながらも幼個体が見られた。また、亜高木~高木層に達した個体も直径は様々で、一次的に成立して消えつつある群落ではなく、ある程度持続的な群落であると思われた。

伊藤邦男氏の1984年の調査報告によれば、安養寺のブナ林のブナの樹高や幹径は小さく、その他の構成種などから「伐採など人為の加わった若いブナ林の特徴」があるという。
つまり、安養寺のブナ林は原生的な森林ではなく、人為が大きく加わった存在であると考えられる。お寺の周囲は田畑が広がり、人々の生活空間にきわめて近い場所に成立していること、近くには雑木林でよく見られるコナラやクヌギなどが見られたことからもそれが伺えた。

暖温帯域の二次林、つまり雑木林には冷温帯域で主に見られる植物が構成種に現れるというが、佐渡でも本来、スダジイを始めとした暖温帯の植物が生育する場所に、人の手が適当に加わり続けたことで、ブナを始めとする冷温帯の植物が進出して両気候帯の植物が混在する独特の森林が形成されたのかもしれない。(

ただ、佐渡島では異なる気候帯(暖温帯~亜高山帯)の植物が同時に現れる例がしばしば見られるので、人為だけでなく佐渡特有の気候(雪、強風、暖かい冬と涼しい夏など)が成立に関わっているのかもしれない。佐渡島低地の自然林がほとんど残っていないので、この場所が元々ブナ林が成立する条件であるのか、それとも常緑樹林が成立するのか、この2つが混じった林ができるのかは何とも分からない。

伊藤氏の調査からちょうど30年たった今、報告に書いてあったよりもブナは大きくなり、また高木に挙げられていたアカマツはほとんど枯れていたようだった。また、「林内には林縁に生育する植物が多く見られる」という内容の記述があったが、今回はそれらの植物はそれほど目立っていなかったように感じた。
安養寺のブナ林は、今の姿のまま安定することなく、これからも少しずつ姿を変えていくのではないだろうか。




<参考文献・URL>
・植生管理学, 福島司著, 朝倉書店, 2006年3月30日 第2刷

・佐渡の花 携帯版, 伊藤邦男・村川博實著, 山歩きガイドクラブ, 2008年3月31日 改訂版第2刷

・気象庁 過去の気象データ検索
http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php?prec_no=54&block_no=0518&year=&month=&day=&view=(2014年10月23日現在)

・佐渡の貴重な植物群落1 佐渡:安養寺のブナ林 佐渡における最低海抜のブナ林, 伊藤邦男
http://dspace.lib.niigata-u.ac.jp/dspace/bitstream/10191/10222/1/03_05_0006.pdf (2014年10月23日現在)

・Wikipedia 暖かさの指数 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9A%96%E3%81%8B%E3%81%95%E3%81%AE%E6%8C%87%E6%95%B0 (2014年10月23日現在)

・高尾通信 1-5 元禄ブナの危機
http://www.takaosan.info/mame1-5.html (2014年10月23日現在)


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