2012年1月17日火曜日

西表島・石垣島旅行記 5日目

10月19日
~西部地区から東部地区へ~

6時30分起床、前日簡易トラップを仕掛けた場所にいった。残念ながら何もいなかった。
7時30分 朝食 
トーストにカンピラ荘自家製のジャムをほぼ全種類乗せ、食べた。パイナップルが一番おいしかった。
9時 チェックアウト。荷物は午後にバスで東部に行くまでフロントに置かせていただくことにした。
チェックアウト後、村田自然塾へ向かい、自転車を午後まで借りることを伝えて、出発した。

今日の行先は干立・祖内・白浜など、上原よりさらに西の地区。自転車で行けるところまで行くことにした。一番の目当ては干立集落の休耕田などに生育する「ミミモチシダ」というシダ植物であった。
ミミモチシダはイノモトソウ科に属し、マングローブの背後の湿地に生育するという変わった生態を持ち、マングローブ植物の一つに分類されることもある。日本では西表島・石垣島・与那国島にのみ分布する南方系の植物である。絶滅危惧IB類に指定されている貴重な植物でもある。

この日も西表島の天候は曇りがち。相変わらず風は非常に強かった。

出発から約40分、浦内川にかかる橋を渡り、干立に到着した。

道の左側に水田や休耕田が広がっているところで、ミミモチシダを探した。
何本目かのわき道を入ってすぐ左手に群落を発見した。生育していたのは長靴でないと近づけないような場所だったので、できるだけ倍率をあげて撮影した。




その道で1匹の犬に出会った。少々野性味のある顔立ちであった。首輪をつけていたから飼い犬なのだろうが、近くに飼い主の姿はなかった。
この犬は、僕がミミモチシダを観察している間、周りをしばらくうろついていた。

ミミモチシダを撮り終わり、本道(島の半周道路)に戻ろうというときに、さっきの犬が先導するかのようにわき道の出口へと歩いて行った。そして、僕が本道に出てしばらくの間、あとをうけてきた。
人が誰もいなくて寂しかったのかもしれない。もっとかまってあげればよかったのかなぁ。





子午線モニュメント
10時15分ごろ
祖納集落手前の子午線モニュメントに到着した。
説明書きによれば、子午線モニュメントは、この場所を東経123°45分6.789秒の経度線が通っていることをしめしているそうだ。

祖納バス停
モニュメントから5分ほどで祖納集落に到着。この日は午後2時ごろにバスで東部地区へ移動する予定だったのでこれ以上先へは進まず、引き返すことにした。
浜に面した鳥居。節祭に使われるのだろうか

10時50分 
干立(星立)集落に到着、集落内や浜を散策した。

干立・祖納集落では、毎年節祭(シチ)という伝統的な祭りが行われている。2011年は10月11日~13日に行われていたそうだ。僕が訪れるちょうど1週間のことである。



一つ前の写真で写っている鳥居と海岸の間に2本の棒が立っていた。これも節祭で用いられるものなのだろう。ただ、僕にはこれが何に使われているのかは分からなかった。(節祭については様々なサイトで紹介されているので、それをご覧になっていただければ、と思います。)
棒の上部には草が巻きつけてあった。つる性シダ植物のカニクサか、イリオモテシャミセンヅルであろう。これらの植物は魔よけとして用いられると聞いたことがあるが、節祭ではどのような意味で用いられているのだろうか。

浜で見られたグンバイヒルガオ


干立集落に隣接するマングローブ林などは星立天然保護区域という天然記念物に指定されている。
ここでも再びミミモチシダを発見した。今度はすぐ近くに寄って撮影することができた。



12時過ぎ
月ヶ浜(ヒナイビーチ)近くの唐変木で昼食。
ここは2月に西表島を訪れた時にも入った店だ。
そーめんチャンプルーを注文。

そーめんチャンプルー

カンピラ荘の無人売店
13時30分ごろ
村田自然塾へ自転車を返しにいった。
この日もひげさんは外で近所の人?としゃべっていた。再び話の輪に入れさせていただいた。
ひとしきり会話したあと、3日間にわたりお世話になったことにお礼を言い、別れた。

14時前
カンピラ荘に荷物を取りに行った。
14時6分
上原バス停より路線バス乗車。バスの中ではほとんどの間、寝てしまった。

15時10分ごろ(メモには17時前と書いてあるが、バスの時刻表からしてそんなはずはないと思う。)
大富バス停着。徒歩3分ほどで次の宿、竹盛旅館に到着した。

部屋に荷物を置き、一休憩した後、近くの売店に行き、そのあと宿のご主人に勧められた宿近くの仲間川を望む展望台へ向かった。
展望台からの帰り道。畑を抜ける一本道

18時30分 夕食
僕の他の宿泊者は、貝殻やモダマ(海に漂着する豆)拾いが好きだという若い女性一人と、チョウ屋、つまり蝶マニアのおじさんたちのグループであった。

宿にあったマンガを読んだりして、結局23時ごろ就寝。



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2012年1月1日日曜日

西表島・石垣島旅行記 4日目

2012年、明けましておめでとうございます。
ブログの記事はしばらくは相変わらず旅行記です。

10月18日
~宿の近辺で生き物観察とビーチコーミング~

7時30分起床。
カンピラ荘では7時30分に朝食のお知らせの放送が部屋を含めて全館に流れるので、それに起こされたというわけである。

イシガキゴマフカミキリ
食事後、自転車で琉球大学の研究所がある道に行き、生き物観察を行った。ちなみに、この道をまっすぐ進めば、前日行ったカヌー船着き場へ到着する。

ヒカゲヘゴの幹につくイワサキゼミ
道の途中にどこかのツアー会社の物置き場?を発見した。物置き場、といってもシャッターがあり、車を止めるスペースがある大きな施設で、他にも使用されているのかもしれないが、僕には分からなかった。

ヤエノコ♂の死骸
施設にはいくつかの照明設備があった。その近辺を見ると、たくさんのクワガタの死骸を発見。生きているサキシマヒラタクワガタとヤエヤマノコギリのそれぞれメス一匹もいた。







ヤエノコ♀2匹(前日捕まえた個体も撮影)











10時半ごろ宿に帰宅。宿のヘルパーさんとお話。僕はモダマをどこで手に入れることができるかを質問した。ちなみに今回の旅の目的のひとつが、モダマという豆を手に入れることだった。モダマは根元直径が30センチにもなるつる植物で、豆のサヤの大きさは最大で1メートルを超える巨大なマメ科植物である。ヘルパーさん曰く、数年前の台風でモダマが大きな被害を受けたこと、根こそぎサヤを採っていく人がいることなどからだいぶ数が減ってしまったという。西表島の地図を指さしながら、ここならあるかもしれない、と何か所か教えていただいた。しかし、どの場所も恐らく長そで長ズボン、長靴が必要な場所で、しかもサヤが今年も成っているかは分からないということだった。僕は長靴は持っておらず、そのような場所に行くのには不安があったこと、現在減少しているモダマを自生地まで行ってサヤを取るのはためらわれたことなどからサヤを取りに行くのはあきらめた。

いただいたモダマ。
と、話を聞いていた宿のご主人が、「ちょうど部屋に数年前に手に入れたモダマがあるからあげようか?」と僕におっしゃった。宿の方の持ち物をもらうなんて…、とは思ったが、とても欲しかったものだし、ありがたくいただくことにした。(いただいたモダマは大学の学園祭の展示に使ったり、家の玄関の飾りにしている。カンピラ荘のご主人には本当に感謝しています)
モダマをいただいたが、自分でも見つけてみたい。そう思った僕は、モダマが自生する川の河口の浜で、流れ着いたモダマの豆を探すことにした。地面に落下したモダマのサヤはバラバラに壊れ、川の流れに乗って海までたどり着き、海岸に打ち上がるのである。

ちなみにモダマは海流散布という繁殖を行う。川から海にたどり着いた豆は海水に浮かび、海流に乗って遠くへと運ばれる。流れた先で陸地の生育に適した湿った場所に打ち上げられると、そこで成長するのである。そのため、モダマの仲間(与那国島、西表島~沖縄本島に分布するのはコウシュンモダマという種類)は熱帯・亜熱帯の河川が存在する島々に広く分布する。これはココヤシとかハマユウといった海岸に生育する植物に多く見られる繁殖法である。

宿のすぐ近くにあるデンサー食堂で(八重山)そばを食べ、モダマが生育するというクーラ川河口の海岸へと向かった。


船浦海中道路

この日も天候は曇りで、風は強かった。特に海から遮るものがない船浦海中道路の上などでは、油断すると自転車が横転するのではないかというくらいの突風が時々吹いた。

宿から45分くらいで目的地に到着した。
さっそく多量の漂着物の中からモダマを探し始めた。

しばらく探すとモダマのサヤの一節をひとつ見つけることができた。モダマは中の豆が出てきた状態で打ち上がることもあれば、サヤの中におさまったまま打ち上がることもある。
この浜で見つけたのはモダマだけではなかった。僕がアシブトメミズムシという海岸の漂着物の裏に生息する虫などを探していたところ、海藻の間でたくさんの虫が跳ねているのを発見した。ウミアメンボの一種であった。この仲間のいくつかは外洋に生息し、海が荒れた時に稀に海岸に打ち上がるという珍虫である。風の強いのは迷惑であるが、珍虫との出会いを作ってくれたとも言えるのかもしれない。(ウミアメンボについては以前の記事で詳しく書きました)
2時間弱浜をうろついてから宿へと戻った。宿に戻ってからすぐ、村田自然塾のひげさんのところへ向かった。浜で何匹か捕まえたウミアメンボを見せるためである。
ひげさんは強風吹く中、近所の人?と外でお茶を飲んでいた。僕はそこに入らせてもらい、お茶をいただきながら、ひげさんたちにウミアメンボをお見せした。途中からはひげさんの奥さんやお子さんたちも加わり、ウミアメンボをしばし観察した。そのうち水面に浮かんでいたはすのウミアメンボの何匹かが背面泳ぎをしていることに気がついた。ひげさんは「これが普通ちゃうんか」と言ったが、僕には良く分からなかった。そもそも種類も良く分からなかった。しばらくして、僕が、ウミアメンボのことを盛口満さんの著書「ゲッチョ昆虫記 どうぶつ社」で知ったと言ったこともあり、ひげさんが「ゲッチョ(盛口さんのニックネーム)に聞いてみるか?」と提案された。ひげさんと盛口さんは友人なのである。
ひげさんはケータイで盛口さんに電話を始めた。ひげさんは「ゲッチョの大ファンが来てて…ゲッチョの本を10冊以上持ってて…」などと言ってケータイを僕に変わった。僕は、「海岸で見つけたんですが、これは外洋性のウミアメンボでしょうか?」などと盛口さんに質問した。捕まえた状況について色々と話したら、盛口さん曰く、恐らく外洋性の種でしょうということであった。他にも「標本にするならアルコール漬けがいいよ」とか、「湿ったティッシュの上に置いておくと長生きするよ」などと教えていただいた。他にも色々とお話ししたかったが、僕は電話での会話が苦手で、あまりうまくしゃべれない。お礼だけ言ってひげさんにケータイをお返しした。

16時半ごろ、ひげさんたちと別れた。ひげさんたちは川で野生化したグッピーを取りに行くということだった。

宿に戻って一休憩しながら前日に拾ったオヒルギの胎生種子を眺めていると、小さな蛾がついていることに気がついた。写真の左下に見えるのがこの蛾の抜け殻である。どうやらオヒルギの胎生種子の中で幼虫が育つ種のようだった。面白い虫がいるものである。

それから2日前に食べたパイナップルの皮を飲み残しのチューハイで湿らせたティッシュでくるみ、それを朝にクワガタを見つけた琉球大の研究所がある道沿いの場所に行き、置きにいった。翌朝行けば、クワガタがやってくるかも、という算段である。


18:30夕食。

23時ごろ就寝。




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2011年12月29日木曜日

西表島・石垣島旅行記 3日目

10月17日
~カヌーとチャリ走~

カンピラ荘を道の向かいから撮影
6時半起床
宿の周りを散歩
7:30朝食
食後すぐに自転車を借りに、宿のすぐ近くの高台にある村田自然塾に向かった。村田自然塾には旅行前にツアーを申し込もうと連絡をしていた。しかしツアー開催には2人以上が必要ということで、申し込みはできなかった。あきらめきれなかった僕は、自転車を借りる際に、一応塾長の村田行さん(ひげさん)に「ツアーを申し込んだんですが、やはりだめでしょうか?」と聞いてみた。
結果はやはりダメ、ということだった。ただ、ひげさんはこれから船浦のニッパヤシ群落の定期調査に行くのだという。「一緒に来るか?」と言われたので、ありがたく同行させていただくことにした。(料金はカヌーレンタル料のみ)

宿の花に来たシロオビアゲハ
9時、宿の前にひげさんが車で迎えに来てくださったので、それに乗ってカヌー船着き場へと向かった。

カヌー船着き場は船浦湾にそそぐヒナイ川の支流のひとつマーレー川にある。村田自然塾以外のツアー店の多くもここを利用しており、川べりの林の中にはカヌーがずらりと並んでいた。
マーレー川を下り、ヒナイ川に合流するあたりで、風が強くなってきた。そしてヒナイ川河口に達した時には、猛烈な向かい風と波で思うように前に進めないほどになった。
やっとこさ船浦湾内を進み、ヤシ川に入ると途端に風がおさまり、波も穏やかになった。ヤシ川はオヒルギやヤエヤマヒルギなどで構成されるマングローブ林に囲まれており、風や波が遮断されるのである。マングローブの消波・防風能力はなかなかのものである。
ニッパヤシ
上流へ進むにつれて川幅は次第に狭まり、時々オヒルギの枝に衝突しながら進行。ヤシ川に入ってから30分弱、ニッパヤシ群落に到着した(以前の記事で詳しく書きました)。
しばらく観察してから、ヤシ川を引き返した。
マーレー川とヒナイ川の分岐点で、ひげさんと僕は分かれた。ひげさんは帰宅、僕はヒナイ川上流のピナイサーラの滝へと向かった。
ひげさんには後ほど船着き場の近くの自然塾の荷物置き小屋に迎えに来ていただくことになった。
前方にピナイサーラの滝を見ながら、ヒナイ川をさかのぼった。20分ほどで上流船着き場に到着、そこから滝を目指し山道を進んだ。 道はかなりの坂で、カヌーをこいで疲れていた僕はすぐに息があがってしまった。
20分ほどでピナイサーラの滝に到着した。
ピナイサーラの滝は落差55メートルと沖縄県で一番の落差。「ピナイサーラ」とは「白く、長いヒゲ」という意味だそうだ。(サイトや文献によって説明の仕方は少々違う)海岸の周回道路からも見えるこの滝の姿は、確かに老人の長い白ヒゲに見えなくもない、と思った。
滝の近くはすさまじい水しぶきと強風で、メガネはすぐに水滴だらけになった。
本来なら滝の上にのぼるコースがあるのだが、少し前の大雨でそのコースは通行止めで上に行くことはできなかった。仕方なく滝の近くで水しぶきを浴びながら昼食をとった。


コウトウシュウカイドウ(左写真)、サツマイナモリなど林内の植物を観察しながら道を戻り、船着き場に止めておいたカヌーに乗って、マングローブ林の植物を観察しながらマーレー川の船着き場へと戻った。

自然塾の物置小屋にてひげさんに連絡し、車で迎えに来ていただいた。
車が来るまでの間、小屋の周りにいたリュウキュウアサギマダラ(左写真)などを観察して過ごした。
15分ほどで迎えが来て、村田自然塾へ戻った。自転車を借り、今度は月ヶ浜へと向かった。


月ヶ浜へ向かったのは、その付近にヤエヤマツダナナフシという珍しい虫が生息しているという情報を得たからだ。ただし、僕の探し方が悪かったのか、それとも採集等で既に生息していなかったのか、その姿を見ることはできなかった。

ナナフシはあきらめて、ビーチコーミングを行った。
月ヶ浜は湾内の浜であるためか、外洋からの漂着物はあまりなかった。一方で、島内最大の河川、浦内川の河口のすぐ近くにあたるため、上流から流れついたとみられるものが数多く見られた。ヒルギダマシの苗(左写真)、オヒルギやヤエヤマヒルギの胎生種子、ハスノミカズラの種子などが見られた。そのいくつかは持ち帰り、栽培してみることにした(別ブログ、てっちゃんの庭で紹介しています)

18時 宿に戻り食事。
食後、先ほど月ヶ浜に行く途中に見つけたアダンという植物の食痕(生き物の食べたあと)を自転車で見に行った。ツダナナフシはアダンが食草である。
西表島の夜道は暗かった。暗いのが苦手な僕にとって、そこをひとりで走るのは少々勇気のいることだった。集落周辺は街路灯があったのだが、そこを一歩ぬけるとそれすらない真っ暗闇が続いていた。曇りで月や星が隠されていたのも暗さの原因であったと思う。
頑張ってアダンの食痕を見て回ったが、ナナフシは残念ながら見つからなかった。


明かりに来ていたカニ。虫を狙っていたのだろうか。

帰り、今度はクワガタなどを探すために集落の明かりを見て回った。この夜も風が強く、気温も低かったため虫はそれほど見られなかった。それでも、ヤエヤマノコギリクワガタのメス1匹を見つけることができた。

12時前 就寝





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2011年12月28日水曜日

西表島・石垣島旅行記 2日目

2日目
10月16日
~石垣島から西表島へ~

石垣島の天候は曇り。風が強く肌寒かった。
8時ごろ宿をチェックアウト。朝食のため店を探す。が、どこも開いていない。どうやら24時間営業の店はコンビニ以外存在しないようだった。島の朝は少し遅いようであった。
花札なんぞやったことがない
やっとのことでモーニングサービスの看板のある店を発見。入店したが、中ではおっさんたちが酔いつぶれて爆睡中。机が電子版の花札や麻雀になっていて、どうやら地元の人の夜の遊び場であるらしかった。
少々気まずい感じであったが、他に食べるところもないようだったので、ハムサンドを注文。(美味しかったです)


フクギの実。ガス臭がする。
食事後、10時まで付近を散策。フクギやキダチアサガオなどを見た。フクギは沖縄では代表的な街路樹。ちょうど果期を迎えていた。このフクギ、トロピカルフルーツで有名なマンゴスチンと同じ属の木である。しかし、実はガスとかガソリンに形容できるような臭いを放ち、食べられるシロモノではないようだ。(食べられる、と書いてある本もあったが…)
10時に図書館が開館したので、しばらく中で読書。
西表島への船へ乗るために離島ターミナルへ向かう。途中、クロマダラソテツシジミなどを見た。

西表島へは船でしか行けない。航路は2通りあり、ひとつが東部の大原港へ、もうひとつが西部の上原港へ、である。僕が西表で泊まる宿は上原港のすぐ近く、だから上原行きの船に乗る予定だった。しかし、外洋を通る上原行きは波が高かったために欠航となっていた。(波高3メートルが欠航の目安らしい)
そのため、今回は大原行きの船に乗り、そこから送迎バスで上原に行くという形になった。上原行きのほうが若干船賃が高いから、大原から送迎しても割に合うのだろう。
ちなみに大原行きはサンゴ礁に囲まれた波の穏やかな内海を通るため、めったに欠航しないそうである。


送迎バス
12:00離島ターミナル発、
12:40大原港着
西表島は雨であった。風も強く、肌寒かった。(気象庁を参考にすると最高25℃に達しなかったよう)
親からのメールで地元神奈川は30℃になったというから、南国西表島のほうが気温が低いという面白いことになっていたようだ。
13:45送迎バスで上原港着
13:55 宿 カンピラ荘着。
カンピラ荘は2月の旅行でも泊まった宿である。

宿に荷物を置き、昼食に。
新八食堂で野菜そばを注文。

その後、まるまビーチ、ヒナイビーチといった近場の浜でビーチコーミング。浜は雨交じりの強風で傘がさせないほど。海は荒れ、木はざわめき、ひとりで歩くには少々さびしい雰囲気であった。2時間ほどかけてモダマ、ニッパヤシ、サキシマスオウノキなどの漂着種子を拾った。海岸林内からはイワサキゼミの「ゲーツ、ゲーツ」という声が響いてきて、西表に来たことを実感。

宿に戻り夕飯。23時ごろ就寝。


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西表島・石垣島旅行記 1日目

時間に少しだけ余裕が出来たので、10月15~23日の西表・石垣島の旅行についてまとめていきたいと思います。以前、別ブログで旅行記を書くと書きましたが撤回します。すみません。

1日目
・10月15日
~羽田から石垣島へ~

自宅を10時前に出発、近くの駅から出る羽田行き直行バスに乗車。
空港での一番の楽しみが消えてがっかり。
11時頃、羽田空港着。
展望デッキで空港の景色を眺めるのを楽しみにしていたが、強風のためにデッキは閉鎖。やむなく空港内をぶらついて過ごす。吐き気があったため食事は軽食で済ました。
13:40羽田発のJTA73便に搭乗。離陸予定時刻は当初13:40だったが、飛行機の到着遅れの影響で離陸は20分遅れの14時となった。


雲の上は晴れ
羽田の天候は曇り。飛行中も眼下はほとんど雲海であった。悪天により機体が大きく揺れる恐れがあるというアナウンスが繰り返し流れていたが、結局大きな揺れには遭遇しなかった。
着陸の20分前くらいから機体の高度はどんどん下がり、宮古諸島と眼下にのぞむ。着陸10分前には雲間に虹が見えたが、着陸態勢に入っていたため写真を撮ることができなかった。


17:10石垣空港着。
直前まで雨が降っていたようで、滑走路は水び出しだった。
路線バス(空港線)でバスターミナルへ。
バス利用者は10人くらい。飛行機の座席が7~8割埋まっていたのからすると随分少なかった。多くの人はホテルの送迎バスなどで移動したのだろうか。

バスターミナルから徒歩5分で1日目の宿、「ターミナルハウス」着。僕が泊まったのは半個室(ドミトリー)で、一泊1000円であった。
風呂はないがシャワールームはあり、十分清潔であったと思う。気持ちよく過ごすことができた。


荷物を置いて、商店街へ食事に向かう。今年の2月にも石垣島など八重山諸島を訪れていたが、その時の外食の大半は八重山そば(7回中5回)。今回は八重山そば縛りをやめようと、「島料理の店 ぱいぬ島」で野菜チャンプルーセットを注文。


就寝前、宿の窓にオオシママドボタルがやってきた。この種は石垣島・西表島などの八重山諸島にしか分布しない。てっきり珍しいものかと思っていたが、街中の建物の明かりに飛んできたのでびっくりした。宿の方曰く、この時期にはよく見られるらしい。

24時前就寝。


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2011年12月9日金曜日

農工大のニホンミツバチ

8月の様子
僕の通う農工大の学内のテニスコート脇にキササゲという樹木がある。そのうろの中にニホンミツバチが住んでいる。

ニホンミツバチは日本在来の種。一方、養蜂で使われるのは、多くがヨーロッパ産のセイヨウミツバチだ。蜂蜜の採取の効率性などが良いらしい。

ニホンミツバチの生態で変わっているのが、蜂球である。巣を襲撃してくるスズメバチへの対抗法であり、スズメバチの周りに多数個体が群がり団子状になり、体を震わせて温度を上げ、スズメバチを熱死させるというものだ。
夏場には、この巣の下にも蜂球で殺されたとみられるスズメバチの死体が転がっていた。
(この場所で以前、蜂球(かもしれない)行動があったので、You tubeにアップしてみました。かなり荒い画像ですが。)

しかし、蜂球は必ずしも成功するわけではないようだ。昨年までは、もうひとつの巣がアカマツのうろにあったが、その秋にスズメバチに襲撃され、どうやら全滅してしまった。キササゲにある巣も、襲撃後の一時期はかなり個体数が減ってしまっていた。
ちなみに昨年のスズメバチ襲撃以来、ミツバチの巣のあるキササゲはずっと「スズメバチ注意!」の看板とロープで囲われている。スズメバチが住んでいるという誤解を招きそうだし、いい加減外してほしいなぁと思うのだが。
ニホンミツバチはおとなしいハチのようである。巣の出入り口から50センチくらいまで近づいても何の反応もしなかった。無論、もっと近づけば刺されたかもしれないが、さすがに試してみる気にはなれない。
この個体を撮った12月7日には多数の個体が飛び交っていたが、寒くなった翌日にはほとんど活動が見られなかった。まもなく冬眠の時期を迎えるのだろうか、それとも暖かい日には再び顔を出すのだろうか。

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